「こうあるべき人間像」

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どんな世界も、

ポジションを得てしまうと、そのポジションにふさわしい人間像を求められる。

その人間像が自分自身がなりたい姿なのであれば、その方向に努力すればいい。

もし、違うということに気がついてしまったら、その人間像を追う意味はあるのだろうか。

 

私は、「こうあるべき人間像」を無理して生きるのをやめた。

ひとりひとりが違っている、ということの意味を理解した。

 

同じフィールドに立っていたとしても、

目指すゴール、背負っているもの、周りの環境、身体能力、

すべてが違うんだ。

特に目指すゴールが違う事による考え方の違いは、大きな差を作ると個人的に思っている。

『差』とは個人の常識の基準の差だ。

 

誰しもに、この『差』があることを忘れてはいけない。

自分の考えは自分に当てはめて生きればいい。

周りを巻き込む必要はない。

 

「どう生きるか」を決めるのは、自分自身だ。

『人間にとっての啓発・悟りとは重荷を取り除くこと。

自分自身でない自分で生きることを押し付けられてきた、その重荷を捨てること。 

すべての人間は自分らしく生き、自分の方法で決断する権利をもっている。

自分がどう生きるかを決めるのは、教会でもシナゴグでも寺でもない、
政府でもない。親でも友達でもパートナーでもない。

自分自身だ。

私達ひとりひとりは自分で思っているよりはるかにユニークな存在なのだ。

私が言う権利とは宗教的でも政治的な意味でもない。

自分自身をユニークな存在として認める権利だ。

世界に60億の人間がいれば、60億のアーキタイプ(原型)があるのだ。』

 

  Ra Uru Hu (ラー ・ウル・フー/ ヒューマンデザイン創始者)

 

 

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